通信制大学院国際社会開発研究科修士課程 修士論文指導

  修士論文指導
 
 以下は、通信制大学院における修士論文指導の一端をご紹介するために、
 2002年度リサーチ科目「開発政策」「開発制度」に所属する院生とのやりとりの一部を抜粋したものです。
 掲載について参加院生の承諾を得ていますが、発言者の個人情報保護の目的から、内容に修正・編集
 の手を加えてあります。(穂坂光彦)

   このページは P さん に対しての修士論文の指導内容をご紹介いたします。
 尚、構成上ふられています番号は連番になっておりませんのでご了承ください。
  
 
  P さん ( No.15 -- No.48 ) フィリピンNGOによる持続的開発モデル
 No.15No.23No.39No.48
 

   別ページにて L さんJ さん に対しての修論指導内容を紹介しています。
 
  L さん ( No.4 -- No.53 ) インドネシア都市貧困層のセーフティネット
 No.4No.5No.7No.9L さん穂坂先生L さんNo.53
 
  J さん ( No.6 -- No.46 ) 南アジアの栄養プログラム
 No.6No.19No.35No.36No.45No.46
 

     

 
   No.15 (2002/05/31 12:23)  研究計画
   Name: P
 
  遅くなりました。Pです。NGOで非専従事務局長をしています。研究計画です。


1 フィリピンのPFFFにおける地域域開発モデルと現場の活動

私たちのNGOは、1990年の創立以来、フィリピン最大級のNGO「PFFF」を
フィリピンにおけるパートナーとしていますが、実質上はモデルであり、先生でもあります。
そのPFFFは、よく引用されるD・コーテン「Getting to the 21st Century」の
第四世代「新しいフレームワークを提出するNGO」の典型にあたります。
しかしながら、PFFF自身が現在転換点を迎えているのも事実で、そのフレームワークがどのくらい
有効なのか、PFFF自身がどのくらいそれを信じているのか、微妙な問題でもあります。

そこで、まず第一の課題は、そのPRRMの提出するフレームワークを検証することです。
方法はドキュメントの収集、読み込みと整理、プラスPFFFのイデオローグ的人物からの聞き取りになる
と思います。そして、そのフレームワークを、西川潤、鶴見和子らの提出する「パワナー」や「内発的発展論」
と比較してみたいと思っています。

次に、そのPFFFの現実のプログラムの検証です。
フレームワークと実際の活動場面ではしばしば乖離が起きている場合があるように思います。
実際のプログラムとフレームワークとの関係を検証します。それは、もしかするとNGO的なアプローチと
フレームワークの提出という「第4世代」という考え方に無理があるのかもしれない、と思わないことも
ありません。
それについての検証も行いたいと思います。方法は同じく、ドキュメントの検証と聞き取りです。


2 PFFFのフィールド調査

そのPFFFと私たちの共同プロジェクトのサイトのひとつであるフィリピンR州の村でフィールドワーク
を行います。この村では現在、持続可能な漁業プロジェクトの一つとして、民組織による漁業禁止区域の
設定とそのパトロール、およびマングローブ植林などの一連のプログラムを実施しています。
そのプロジェクトのインパクトと有効性、および参加している漁民組合メンバーの意識と、参加していない
村民の意識についても調べたいと思っています。
ただ、実際にそうしたフィールドワークをする場合の方法とまとめ方についてはよく分かっていないので、
「開発研究」科目でしっかり学ぼうと思っています。

漁民組合メンバーの意識に関しては、今までインフォーマルに聞いたところでは、かなり「パワナー」的意識
が強い人々が漁民組織の中核にいるようには思いました。
しかし、それが漁民一般にまでどのくらい広がっているのかは興味のあるところです。
 
No.15No.23No.39No.48
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   No.23 (2002/06/28 23:44)  No.15 P さん
   Name: 穂坂光彦
 
 
問題意識は理解できます。論文の構成をどうするかが課題ですね。1の理論的な話と2の漁村調査の関連が
未だよく分かりませんが、私の理解では、全体で3つのレベルの「検証」があると思われます。
 
(1) PFFFが提起している「フレームワーク」は、どういうものか。
それは「パワナー」や「内発的発展論」(のようなものこそ真のフレームワークに値する、ということ
を前提に)と比較して、コーテンの言う第四世代のNGOとしての「新しいフレームワーク」に該当するもの
であろうか、という理論的な「検証」
(2) PFFFの「フレームワーク」は、現場のプログラムに忠実に反映されているであろうか、というプログラム
の 論理分析に関わる「検証」
(3) プログラムのimplementationの結果、「フレームワーク」は実現され得たのか、というR州の村で
フィールドワークを通じての実証的な「検証」
 
とすると、それぞれ論証の手続きを考えておかなくては。
たとえば、(2)はプログラム構成のconsistencyを調べることであり、(3)は「フレームワーク実現」の評価指標を
設定する問題になります。

しかし、そもそもコーテンからこのようなブループリント的合理主義に立つ手続きが導かれるものだろうか、
どこか私の理解が間違っているのだろうか、と考えてしまいます。
 
No.15No.23No.39No.48
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   No.39 (2002/10/30 00:13)  修論計画
   Name: P
 
 
修論計画を練り直しています。「開発研究」のテキストを読み返してみているのですが、こんな形の調査が
可能なのかどうか分かりません。やり方そのものも実は不明ですし、大風呂敷過ぎる気もとてもしています。
やりたいこと自体は明確なのですが。ご指導ください。
 
テーマ: 「フィリピン・R州Y村における開発の現状と人々の意識および
内的発展モデル設定の試み」
 
研究の背景:  私の属する開発援助NGOが進めている「フィリピン・マニラ湾環境資源回復プロジェクト」
の一環として行っているのが、Rのマニラ湾岸地域Y村における
漁業資源管理プロジェクトである。
 この村は多くの住民が漁業を営む漁村であり、人口は約2,000人とされている。
マニラ首都圏からそれほど遠くないにもかわらず、陸路が通っていないため、物資
および人の交通は船に頼っている。水道はなく、電気は共同の発電機から 1日4時間
だけ供給される。学校は小学校だけで中高校(ハイスクール)はなく、子どもたちは
ボートで近隣のハイスクールに通う。主な収入源は漁業で、小型のボートに1人ないし
3人乗り込み、網を仕掛けて回収する漁法が多い。近年また、プポと呼ばれる仕掛けを
使ったイカ漁も盛んになっているが、収入は概して低く、村民の多くは低所得者に属する
と思われる。フィリピンの他地域と同じく、海外出稼ぎ者は多い。漁業資源管理プロジェクト
は主に3つのモジュールで成り立っている。それは
 漁業禁止区域の設定
 住民による漁業禁止区域および不法漁業に対するパトロール
 マングローブ植林
  である。目指すところは漁業資源の回復であり、それによる漁民の所得向上である。
 
研究の目的:  開発の目標はなにか、どうした未来が望ましいのか。開発を進める際には避けて
通れない問題である。デビッド・コーテン によれば、NGOは四世代に分類できる。
第一世代は救援福祉NGO、第二世代はコミュニティ開発、
第三世代は持続可能なシステム開発を行うNGO、
そして第四世代は新しいフレームワークを提出するNGOである。
 私たちの現地パートナーNGOである「PFFF」は、この
典型的な第四世代NGOと考えることができる。
すなわち、開発の新しいフレームワークとして、中村尚司の地域自立の経済に似た、
一定の地域内での持続可能な開発を基盤とするモデルを提出している。
職員250名を抱えるこのPFFFは、フィリピンNGOのリーダー格として90年代の
NGO活動をリードしてきた。このいわゆるオルタナティブな開発モデルに、それなり
のリアリティはあるはずである。
 しかしながら、開発の現状は、現実にはその方向に向かっているとは言い難い。
それは巨大企業の存在、国の開発政策の問題等もあるだろう。しかしもう1つの大きな
問題は、人々の意識の問題である。当の人々は、どんな開発を望んでいるのか。
どんな未来を考えているのか。私はその部分にまで踏み込んで、有効な開発モデルを
構築したい。
 フィールドとして設定しているY村での所得の向上には他の方法も
考えられる。たとえば道路整備誘致を最優先とし、車で1時間で行ける
X経済特別区の工場で働けるようにすることも一方法である。そうした選択の中から、
私たちのカウンターパートNGOと現地住民組織は現在のところ地道な漁業資源回復
を選んでいるわけであるが、この選択の妥当性とその目指すところを明らかにしたい
というのが私の意図である。
 
研究の概要:  Y村の人々の生活範囲と物資・金銭の移動をまず明らかにしたい。
日用品をどこから購入しているか、食品はどこから調達しているか。衣料品、家具類、
住宅建設の際の材料まで、村内・近隣地域・遠隔地に分けて、物資の移動を調査する。
 次に、生産物の移動である。村内には保存施設はなく、小一時間かかるテルナテ港
に共同のボートで出荷しているのがほとんどだと思われるが、他の農産物等について
はどうなっているだろうか。
 また、それによる現金収入についても調べたい。主な産物は魚介類であろうが、
それ以外のものはどのくらいを占めているのだろうか。
 物資の移動については、われわれのプロジェクトに参加している住民の協力を仰ぎ、
マッピングの手法で描き出せるだろう。収入についてはいささか難しいとは思うが、
典型例として数軒の家の協力を仰ぎたい。
 また、これに関連して、どのくらいの人数が村の外で働き、村に資金を送っているのか、
その規模も調査したい。
 次に、PFFFの提出する開発フレームワークの精査である。これには既存の地域自立
の経済ないしは内的発展理論の精査も欠かせない。それぞれの開発モデルの異同も
明らかにする必要があるだろう。
 このフレームワークとの比較において、Y村の状況を検討したい。
フレームワークが期待している部分と現実のどこがくいちがっているか、あるいは
どこが重なり合っているか。そして、どこをどうするべきかについての検討を行う。
 最後に、このY村における開発モデルの構築である。
もとより外部者の意見ではあるが、できる限り住民の意見を採り入れた開発モデル
というものを構築してみたい。
 
研究の方法: Y村にて2003年3月フィールド調査を行う。
調査方法はフィールド・ワークを主とし、サーベイ調査の手法も取り入れたものとしたい。
 
構成: Y村における事例研究
    1.1 物の移動
    1.1.1 生活物資の購入範囲
1.1.2 食糧の購入範囲
1.1.3 生産物の出荷範囲
    1.2 金銭の移動
    1.2.1 現金収入の範囲
1.2.2 現金支出の範囲
    1.3 人の移動
    1.3.1 村人の生活範囲
1.3.2 海外出稼ぎ労働の割合
  PFFFの開発モデル
    2.1 PFFFの開発モデル
    2.2 「地域自立の経済」による開発モデル
    2.3 内的発展理論によるモデル
  PFFFの開発モデルとY村
  Y村における開発モデル
 
No.15No.23No.39No.48
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   No.48 (2002/12/11 12:44)  No.39 P さん
   Name: 穂坂光彦
 
  ご提案の調査は大変魅力的で、私自身も参加したいほどです。しかしPさんにとって、日本での激務を抱え
ながらの、あと1年余の期間では、とても現実的ではないでしょう。どのように対象を絞っていくか、という
ことを、論文全体の枠組みをどのように operational にしていくか、ということと合わせて、考える必要がある
と思います。

まず「研究目的」で、肝心の核心部分、つまり

「しかしながら、開発の現状は、現実にはその方向に向かっているとは言い難い。それは巨大企業の存在、
国の開発政策の問題等もあるだろう。しかしもう1つの大きな問題は、人々の意識の問題である。
当の人々は、どんな開発を望んでいるのか。どんな未来を考えているのか。私はその部分にまで
踏み込んで、有効な開発モデルを構築したい。」

が operational ではありません。たとえば

「しかし、PFFFの開発モデルが、地域住民の生活実態や真の願い ( 「意識」という言葉は難解だし
曖昧なので再考が必要 ) を反映したものであるのか、実は疑問である。私はそのギャップを実証的に
明らかにすることを通じて、より有効な開発モデルを模索したい。」

ならば、作業仮説につながります。

そうすると、まずPさんがなすべきなのは、PFFFモデルが想定する内的発展論を
( 中村 「 地域自立の経済 」 論と比較対照しつつ?)理論的に分析し、そこで前提とされている
「 住民の願い 」 観を明らかにし、そしてそれに従えばどのような物資がどの程度に地域循環すべき
とされているか、を「演繹的」に導き出すことです。その上で、それらの物資(あるいは所得機会)の
いくつかを選択的に選び出し(この選択はそうとう戦略的に行う必要がある)、これらに絞って、
現場での調査を通じて、その地域循環度、およびそれらについての住民の選択や判断を「テスト」
する、ということになるでしょう。

このようにして、PFFFモデルの検証をし(ここまでが修論のメイン)、そこから展望されてくることを
最後の感想として述べればよいと思います。Pさんの壮大な構想からは矮小に見えるかもしれませんが、
論文作成というのはある意味では常に矮小化です。少なくとも上のようなストーリーならば、論文として
の立派な論理性を備えることができます。
 
No.15No.23No.39No.48
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